捨てたくないモノ
「俺たちと一緒にバンドやらない?」
高校の同じ学年で、違うクラスの2人組から声をかけられた。
吹奏楽部のステージ発表でドラムを叩いている僕を見て、彼らはスカウトしてきたのだ。話したこともない彼らから急に声をかけられてびっくりして、返答に困ったことを憶えている。
びっくりしたのは急に声をかけられただけではない。人付き合いが苦手で引っ込み思案だった僕は、同じ学年に友達がほとんどいなかった(正確には、趣味の合う友達がいなかった、というかんじかな)。同級生からは「あいつ何考えてるかわかんないよな」と思われていた(言われていた)。同級生社会に馴染んでいない僕が、同じ学年の、しかも違うクラスの人たちから声をかけられるなんて思ってもみなかったから、余計にびっくりだったのだ。
当時、奥田民生率いるユニコーンというバンドが大好きで、彼らも大ファンだということが判明。勢いで「バンドやるよ」と引き受けた。なにせ、同じ学年に気の合う友達ができたのだから、やるっきゃない。彼らは休み時間や廊下ですれ違う度に、気さくに話しかけてくれたり、ハイタッチを求めてきたり、ウインクしてきたり(笑)。嗚呼、同級生に気の合う仲間がいるとこんなにも学校生活が豊かになるのか、と心がじんわりとした。
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夏休みに入っていよいよバンドの練習が始まる。自宅からは自転車で1時間くらいかかるスタジオまで汗だくで通った。僕はドラムなので歌は歌わない。あいつらはマイクに向かってお世辞にもうまいとは言えない歌を歌っていた(絶対俺のがうまいぞマイクよこせ!と思ったがドラムに徹した)。「素晴らしい日々」「自転車泥棒」「逆光」などの名曲を演奏する。1曲演奏し終えると「や〜気持ちいいね」「ここの歌詞がいいよね!」なんて言い合って、次の曲が始まる。うまくなるための練習なんてしない。ただ気持ちよくユニコーンに成り代わりたいだけの時間。楽しい時間。
実はこの夏、高校3年生の夏だったのである。そう、受験。バンドなんてやってる場合じゃない。僕は音楽大学を受験するために専攻する楽器のレッスンや勉強で割と忙しかった。それでも、声をかけてもらって嬉しかったから、親に内緒で合間を縫ってバンドの練習に参加していた。ちなみに彼らは「俺たち専門学校に行くよ。勉強は面倒だからいいや」と言って、夏を謳歌しようとしていた。
ある日のバンド練習日。約束時間にスタジオへ行くも2人はいない。公衆電話から電話をすると「え?今日だっけ?やべーもしかしたら日にち間違えて伝えてたかも〜ごめん」と寝ぼけた声であいつが言った。その日はバンド練習の後に、受験で専攻する楽器のレッスンもあり、楽器を担いで汗だくでスタジオまで行ったのだ。疲れと、あいつの呑気な声にイラっとしたのだろう。
「お前らの受験は忙しくないかもしれねえけど、俺は忙しい合間を縫って練習に参加してんだよ!人の時間を奪うな!俺の今日のこの時間を返せ!」
と、電話越しに怒鳴り散らかした。あいつは「ごめん」と申し訳無さそうに言う。
「バンドやめる!」と啖呵切って、あいつらとの夏はあっけなく終わった。
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夏休みが明けて9月。2学期が始まった。廊下ですれ違っても、前みたいにやりとりすることは無くなった。むしろ「こっち見るな」みたいな態度を僕が取っていた気がする。ようやく気の合う仲間ができたと思ったのに、その仲間に裏切られたって思っちゃったのかもしれない。呼ばれて、頭を下げられたような気もするが、きっとその時は許さなかった気がする。あいつらには申し訳ことをしたなと、今は思う。
数ヶ月して秋の文化祭。吹奏楽部のステージ発表があった。全校生徒を前に緊張したのを憶えている。曲は「コパカバーナ」というラテンなノリの曲で、前奏と中間部分にドラムのソロがあった。難しいソロパートを何とかクリア。演奏が終わると吹奏楽部に拍手が送られる。本番を終えた安心感と達成感でテンションがマックスな中、拍手に混ざって誰かの叫ぶ声が聞こえた。会場もザワザワ。吹奏楽部もザワザワ。周りの部員が僕の方を見て「お前の名前叫ばれてるじゃん」と笑われた。ん?よく聞くと「○○○〜!!!!」「○○○サイコー!」と、バカデカイ声であいつらが俺の名前を叫んでいた。一方的に関係を断ち、感じの悪い態度を取っていた僕に、あいつらは拍手とエールを送ってくれた。しかも、めちゃくちゃいい笑顔で、立ち上がって、ジャンプしながら叫んでた。
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本番の後、廊下ですれ違いざまにあいつらから「サイコー」と声をかけられて、その時僕がどんな反応をしたのかは憶えていないけど、それがあいつらとの最後の記憶。受験も忙しかったし、何より素直になれず、素っ気ない態度を取り続け、そのまま卒業したんじゃないかと思う。
あの時、素直になれていたら、きっともっとずっと長く、仲間でいられたんじゃないかな、と後悔している。
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分厚く重い高校の卒業アルバムと、バンド練習で使っていたドラムのスティックは、今でも手元に残っている。
連絡先も知らない、名前で検索してもSNSでヒットしないあいつら2人のことを、夏になると、アルバムやスティックを見て思い出しちゃう。
きっとこの先、自分の中でのモノの最適量や好み、引っ越して住む場所が変わったとしても、メモリーとストーリーの詰まったアルバムとスティックは手放さないと思う。画像で残すとかじゃなく、見て触れて、五感全部で思い出したいから。