心もすっきり 思考の整理整頓
「すっきり暮らす」を実践しながら自分自身と向き合うこと数年。
鬱々していた自分には戻りたくないですからね。
モノだけではなく心もすっきり暮らし続けていけるように決めたことがあります。
*人の目(他者からの評価)を気にしすぎない
*全部を完璧にやり遂げようとしない
*まずは自分を優先に考えてみる
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「人の目(他者からの評価)を気にしすぎない」
とにかく行動のねらいや目的が「評価されたい」だったなーと、振り返ればそう思います。
仕事においては
できないことを「できる」と安請け合いする。
自分の役割じゃないことをわざわざやると言ったり、時に理不尽な頼みごとを請け負ったりすることが少なくありませんでした。
実力以上の案件はできなくて当たり前だから「できない」と言った方が事故にならないし、仕事の進捗状況を鑑みて自分が担当することが不可能な場合には、その旨を伝えてお断りすることも、リスクマネジメントとして必要なことだと思います。
一方で、実力以上の案件を自身の成長のために挑戦するという選択も時に必要だと思います。その場合は、横軸の評価(他人と自身を比べる)ではなく、縦軸の評価(昨日の自分と今日の自分を比べる)をすると余計な思考を巡らさないで済みますよね。
服やインテリアも、人の目を気にしてばかりいると楽しくない。
誰のためのファッションやインテリアかって、それは自分のためだし、自分が気持ちいいか、自分が好きかどうかをいちばんに大切にしたい。
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「全部を完璧にやり遂げようとしない」
最善の結果を出したくて自分を追い込み、そしてまわりの人をも追い込んで暴走していた時代。自分にも厳しいが他人にも厳しい。他人の思いは棚上げして自分の思いを優先。なんて傲慢なのでしょう。。。
責任感 → 傲慢さ
組織のため → 自分の評価のために になっていたように思います。
上から評価される結果を出したのに周りの温度は冷え冷えだったこともあったし、達成感は多少感じても「楽しかった」感覚は皆無だった気がします。
いまは
最善を尽くしたことが、最善の結果に繋がらなくて良いと思っています。
最善は「結果」と「過程」も込みで考えなければなりません。
もし失敗しても「まいっか」と楽観的に捉え、plan → do → check → action のサイクルで次の準備をすればいいのです。
暮らしについても同様で、
常に美観を保っていたいとか、毎日のことを怠ってはいけないと思うと楽しくなくなってしまいます。それが目的になってはいけませんね。
美観を保つための暮らし ✖
楽しむ暮らし 〇
結局前者は、人の目を気にしているからそうなるのかもしれません。
自分のペースで、自分のスタイルを確立したいものです。
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まずは自分を優先に考えてみる
基本的に私はサービス精神旺盛なタイプなので、まわりの期待に応えたいと思いすぎる節があります。でも、自分はどうしたいのか、どう思っているのかを最初に考えることが大事だと気が付きました。そうしないと、自分の好きなことや今後の展望を見失ってしまうからです。
「あれ、何でこの仕事やっているんだっけ」「何のために働いているんだっけ」とある日突然、迷子になってしまうから。
そして、自分を大切にしないと、他人を大切にできないのです。
まずは自分の気持ちに耳を傾けるようにすると「本当に大事なこと」が見えてきます。
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「すっきり暮らす」の実践で、思考もすっきりしてきました。
生きていると、色んなことを抱えて、色んなことを考えます。
「色んなこと」を整理整頓しないと、本当に大事なモノが埋もれてしまうから、余計な思考は片付けて、心と頭に余白をつくりたい。
言うのは簡単ですけどね~。
きっとこれからも葛藤し続けると思います。
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